本を読むことは、基本的には趣味の範囲だろうと思います。
しかし、いろいろなジャンルの本を読んでおくと学生との会話の中で生きてくる場合がありますから、いくぶん仕事に関わる面もなしとは言えません。
しかし、いろいろなジャンルの本を読んでおくと学生との会話の中で生きてくる場合がありますから、いくぶん仕事に関わる面もなしとは言えません。
淡路島、神戸、そして西宮などの阪神間都市を中心に甚大な被害をもたらした、
阪神淡路大震災
から11年が経ちました。
私の人生にとってもたいへん大きな意味を持つ震災でした。
地震というのは
自分の家だけに起こるもの
です。
妙な言い方ですが、そんな気がします。
で、外へ出たり報道に接したりすると、同じように、あるいはさらにひどい被災状況が目の前に広がり、そこではじめて事態のなんたるかが理解されたのです。
学生さんは小学生でしたね。
今や誰もが
震災の日
と言いますが、1月17日といえば高校生のころは「熱海の海岸の日」と覚えていました。
尾崎紅葉作
『金色夜叉』
間貫一(はざま・かんいち)が、婚約者の鴫沢宮(しぎさわ・みや)を富山唯継(とみやま・ただつぐ)という金持ちに奪われ、高利貸しになってしまうお話です。
一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、
貫一は何処でこの月を見るのだか! 再来年の今月今夜……
十年後の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、
忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一
月の十七日だ。来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必
ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇つ
たらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに
泣いてゐると思つてくれ
(『金色夜叉』前編第八章)
有名な熱海の海岸の場面です。ちょっとクサイ?
実は、紅葉の友人であった巌谷小波(いわやさざなみ)が好きだった須磨という女性が金持ちの男になびいたため、紅葉が須磨を蹴ったといわれています。
これが、貫一が宮を蹴る有名な場面に取り入れられたのだそうです。
熱海の海岸を散歩する
貫一お宮の二人連れ
共に歩むも今日限り 共に語るも今日限り
(宮島郁芳・詞)
ところで、震災の思い出は?
阪神淡路大震災
から11年が経ちました。
私の人生にとってもたいへん大きな意味を持つ震災でした。
地震というのは
自分の家だけに起こるもの
です。
妙な言い方ですが、そんな気がします。
で、外へ出たり報道に接したりすると、同じように、あるいはさらにひどい被災状況が目の前に広がり、そこではじめて事態のなんたるかが理解されたのです。
学生さんは小学生でしたね。
今や誰もが
震災の日
と言いますが、1月17日といえば高校生のころは「熱海の海岸の日」と覚えていました。
尾崎紅葉作
『金色夜叉』
間貫一(はざま・かんいち)が、婚約者の鴫沢宮(しぎさわ・みや)を富山唯継(とみやま・ただつぐ)という金持ちに奪われ、高利貸しになってしまうお話です。
一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、
貫一は何処でこの月を見るのだか! 再来年の今月今夜……
十年後の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、
忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一
月の十七日だ。来年の今月今夜になつたならば、僕の涙で必
ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇つ
たらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のやうに
泣いてゐると思つてくれ
(『金色夜叉』前編第八章)
有名な熱海の海岸の場面です。ちょっとクサイ?
実は、紅葉の友人であった巌谷小波(いわやさざなみ)が好きだった須磨という女性が金持ちの男になびいたため、紅葉が須磨を蹴ったといわれています。
これが、貫一が宮を蹴る有名な場面に取り入れられたのだそうです。
熱海の海岸を散歩する
貫一お宮の二人連れ共に歩むも今日限り 共に語るも今日限り

(宮島郁芳・詞)
ところで、震災の思い出は?
今日ははりまやさんのご案内で教員、学生のみなさんがサントリーミュージアムへ。
アールヌーボーの画家
アルフォンス・ミュシャ (1860〜1939)
の作品を集めた「ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展」です。
堺には市立文化館があり、与謝野晶子文芸館とミュシャ館が併設されています(ミュシャ館がワンフロアー上にあります)。
晶子もアールヌーヴォーの絵画が好きで「みだれ髪」の表紙にも使っています。
今回はミュシャ館よりはるかに規模の大きい展示ですので楽しみです。
ちなみに、ミュシャ館の学芸員さんは文楽の首の研究で知られた大先生のご令孫(ご子息だっけ?)です。
私はミュシャ館の事務室で、この学芸員さんが所蔵されているすばらしい首の数々を拝見したことがあります(この話、以前書いたかも)。
ミュシャ展のあとは、コースの新年会を開催されたとのこと。
みなさんいかがだったでしょうか?
アールヌーボーの画家
アルフォンス・ミュシャ (1860〜1939)
の作品を集めた「ミュシャ財団秘蔵 ミュシャ展」です。
堺には市立文化館があり、与謝野晶子文芸館とミュシャ館が併設されています(ミュシャ館がワンフロアー上にあります)。
晶子もアールヌーヴォーの絵画が好きで「みだれ髪」の表紙にも使っています。
今回はミュシャ館よりはるかに規模の大きい展示ですので楽しみです。
ちなみに、ミュシャ館の学芸員さんは文楽の首の研究で知られた大先生のご令孫(ご子息だっけ?)です。
私はミュシャ館の事務室で、この学芸員さんが所蔵されているすばらしい首の数々を拝見したことがあります(この話、以前書いたかも)。
ミュシャ展のあとは、コースの新年会を開催されたとのこと。
みなさんいかがだったでしょうか?
昨日は川柳の祖、柄井川柳(からいせんりゅう)の命日だったそうです。
人間社会学科には
人生は無駄多きものキャベツ剥ぐ 直子
などの、俳人ともいうべき教員がいらっしゃいます!(文化表現コースじゃないけど…)
俳句と川柳は5・7・5という構成は同じですが、形式も味わいも違いますね。
形式では、俳句は季語や切れ字(「けり」「や」「かな」など)を原則的に必要としますが、川柳には決まりはありません。俳句は今なお文語が多いですが、川柳は口語で表現します。
ただ、俳句でも無季、切れ字なし、口語も出てきていますので、これだけでは区別しにくいですね。
俳句は自然、風景を素材にすることが多いのに対して、川柳は人事や社会をみつめる性格が強いものです。
川柳は歴史への皮肉や社会風刺の性格もあり、権力や偉人を茶化したりするので「滑稽なもの」と思っている人も多く、実際そういう面もありますが、それだけではありません。
時実新子(ときざねしんこ)さんの川柳に
平成七年一月十七日 裂ける 新子
がありますが、地震の記憶と切っても切れない作品として歴史に残ると思います。「裂ける」が川柳らしいですが、滑稽とはいえないでしょう。
結局は視点、着眼点の違いということになるでしょうか。あなたは俳句が詠めそうですか? 川柳ですか? 蕪村は画家、子規は「写生」を主張しました。自然をスパッと切り取る写真を撮るタイプの人は俳句向きかも。落語家さんには川柳のうまい人がいます。やはり想像の中で人を描いていくうちに社会や人間が見えてくるんでしょうか。
では、よく知られた川柳をいくつか
這(は)へば立て立てば歩めの親心 →期待しちゃうんです
押(おさ)へればススキ放せばきりぎりす →秋の野原の風景
居候三杯目にはそっと出し →一応遠慮だけはしてるんです
月見客筆をかみかみさて出来ぬ →俳句でも、と思ったけど
色男金と力はなかりけり →薫さんそのものですね(?)
人間社会学科には
人生は無駄多きものキャベツ剥ぐ 直子
などの、俳人ともいうべき教員がいらっしゃいます!(文化表現コースじゃないけど…)
俳句と川柳は5・7・5という構成は同じですが、形式も味わいも違いますね。
形式では、俳句は季語や切れ字(「けり」「や」「かな」など)を原則的に必要としますが、川柳には決まりはありません。俳句は今なお文語が多いですが、川柳は口語で表現します。
ただ、俳句でも無季、切れ字なし、口語も出てきていますので、これだけでは区別しにくいですね。
俳句は自然、風景を素材にすることが多いのに対して、川柳は人事や社会をみつめる性格が強いものです。
川柳は歴史への皮肉や社会風刺の性格もあり、権力や偉人を茶化したりするので「滑稽なもの」と思っている人も多く、実際そういう面もありますが、それだけではありません。
時実新子(ときざねしんこ)さんの川柳に
平成七年一月十七日 裂ける 新子
がありますが、地震の記憶と切っても切れない作品として歴史に残ると思います。「裂ける」が川柳らしいですが、滑稽とはいえないでしょう。
結局は視点、着眼点の違いということになるでしょうか。あなたは俳句が詠めそうですか? 川柳ですか? 蕪村は画家、子規は「写生」を主張しました。自然をスパッと切り取る写真を撮るタイプの人は俳句向きかも。落語家さんには川柳のうまい人がいます。やはり想像の中で人を描いていくうちに社会や人間が見えてくるんでしょうか。
では、よく知られた川柳をいくつか
這(は)へば立て立てば歩めの親心 →期待しちゃうんです
押(おさ)へればススキ放せばきりぎりす →秋の野原の風景
居候三杯目にはそっと出し →一応遠慮だけはしてるんです
月見客筆をかみかみさて出来ぬ →俳句でも、と思ったけど
色男金と力はなかりけり →薫さんそのものですね(?)
あれ、この人女優さんじゃなかったっけ? と思う人が
エッセイスト
としてマスコミに顔を出したりしています。以前は猫も杓子も「○○評論家」と名乗っていましたが、昨今は「エッセイスト」を肩書きとする人が多くなってきました。なぜそうなるのかの分析は辛口のアナリスト(この肩書きも多い!)やコメンテーター(これも多い!)におまかせしておきます。
エッセイは日本語では随筆とされますが、かといって本当に筆任せに書けばいいというものではありません。兼好法師は「心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく」書き綴ったのが『徒然草』だと言っていますが、なかなかどうして、なみなみならぬ教養と眼力があってこその名作だと思います。
つい先日、sampeさんが「新しい教皇紋章」という最新のエッセイを見せてくださいました。新ローマ教皇ベネディクト16世の紋章のうち、特に盾の図柄に注目され、厳密な考証に加えて教養に裏打ちされた独自の発想を展開するという、なかなか面白くも骨のある文章でした。
好きなエッセイストはありますか? 好きな理由は?
エッセイを書いてみたいと思いますか? とすれば、どんなエッセイを?
エッセイについての自由なコメントをお願いします。
あ、それから、辛口のアナリストの方はぜひ上記の分析をお願いします。
エッセイスト
としてマスコミに顔を出したりしています。以前は猫も杓子も「○○評論家」と名乗っていましたが、昨今は「エッセイスト」を肩書きとする人が多くなってきました。なぜそうなるのかの分析は辛口のアナリスト(この肩書きも多い!)やコメンテーター(これも多い!)におまかせしておきます。
エッセイは日本語では随筆とされますが、かといって本当に筆任せに書けばいいというものではありません。兼好法師は「心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく」書き綴ったのが『徒然草』だと言っていますが、なかなかどうして、なみなみならぬ教養と眼力があってこその名作だと思います。
つい先日、sampeさんが「新しい教皇紋章」という最新のエッセイを見せてくださいました。新ローマ教皇ベネディクト16世の紋章のうち、特に盾の図柄に注目され、厳密な考証に加えて教養に裏打ちされた独自の発想を展開するという、なかなか面白くも骨のある文章でした。
好きなエッセイストはありますか? 好きな理由は?
エッセイを書いてみたいと思いますか? とすれば、どんなエッセイを?
エッセイについての自由なコメントをお願いします。
あ、それから、辛口のアナリストの方はぜひ上記の分析をお願いします。

