「有時〜有時〜」あるいは、
「有時候〜有時候〜」は、日本語読みでそのままの意味だ。
ある時は〜、ある時は〜。
「有時候〜有時候〜」は古い表現で、最近は
「有時〜有時〜」を多く使う。
例文:
彼は出勤するときには、車に乗ることもあれば、歩いていくこともある。
このところ時には雨が降ったり、時には風が吹いたりで、天気はずっと良くない。
電波障害のせいで、テレビ信号は強かったり弱かったりで、はなはだ不安定だ。

恐縮ながら、本日は、個人的な宣伝です。
「大連雑学事典」とは別に、ブログを書き進めていました。
ブログというと、自分のカラーを前面に出して、個性を売り物にするのが通常なのですが、まったく逆に個性を引っ込めて、まるっきり事典のようなブログを作りました。
タイトルは
「落語400文字ストーリー」、管理人は夢見隆一(←でっつのことです)
主として古典落語のストーリー(あらすじ)を、400字詰め原稿用紙にぴったり収めることを特徴にした、落語紹介のブログです。
もともと落語が好きで、小学校4年生のころから、夜は布団の中で、自作の鉱石ラジオで落語を聴きながら寝たものでした。
(鉱石ラジオ:原理はゲルマニウムラジオと同じらしいが、電源不要。イヤホンで聞いていた)
それ以来、落語は好きで、機会があれば聞いていましたが、すぐ忘れてしまうんですね。そこで、落語データベース(備忘録)を作ろうと思い立って、帰国後に書き始めて、ようやく100話に達しました。日本に帰ってから、1年ちょっとが過ぎました。
人様に紹介するのに、100話くらいはないと、まじめにやっているとは思われないのではないかと、静かに溜め込んでいましたが、この度、やっと100話に達したので、こちらでご案内することにしました。
自分の感想や生の声は殆どなくて、400字の落語の粗筋だけなので、面白くはありません。でも、ちょっと「どんな話だったかな」と調べたいときに筆頭ページを見ていただければ、タイトルがあいうえお順に並んでいるので分かりやすいと思います。
URLは、
http://mengjian.blog104.fc2.com/ です。
中国語を学んだ方なら見当がついたと思いますが、URLのmengjianは夢見隆一の夢見です。
所詮自己満足でしかないのですが、400字の原稿用紙にぴったり収めるのは、なかなか大変で、長い話の場合は、どの部分をカットするか悩んでしまいます。無駄な形容詞を極力避けて、同じ名前を二度ダブらないように、同じ意味なら一文字でも短い熟語を選ぶなど、結構知的ゲームとして楽しんだ結果であります。短縮したとはいえ、落語の概略のストーリーは伝えているつもりですが、面白さを伝えるのは無理です。
また、落語は面白いもの、笑わせるものだと思っている人が多いのですが、人情話や怪談話などは、最初っから笑わせることを目標にしておらず、じっくりと話をきかせることで味を出します。そんな、奥深いところは伝わらなくても、粗筋を知っていれば、人前で、きいた風な話をする材料にはなります。
落語は、噺家によってモデファアイされますから、同じ話でもサゲが変わったり、ストーリーが微妙に違ったり、時間の関係で途中で切ったりすることがあるので、誰が演じた話なのか、演者の欄も確認してください。
それでは、
「落語400文字ストーリー」へのお出でをお待ち申し上げております。
ま、時々覗いてください。
いつもおなじみのサンディさんから写真が届いたので紹介する。
=====
でっつ様
名無しだった建物に 名前が入ったのですが、左側のコートの半分は羽毛球コートが6面くらいできて、テニスの試合は出来なくなりました。

海側の4つのマンションの右側に、10棟以上の高層マンションが
「海中国」と言う名で建設中です。以前の朝市の場所から取った写真を送ります。

活気のあふれた、
鮮魚と野菜の朝市はすべて東芝の西側の歩道に移りました。
サンディ
=====
上の写真には、「開発区網球中心」と立派な名前が掲げられた。これは日本なら地方都市では見られず、せいぜい政令指定都市クラスなら建設するかというような、立派な(皮肉でなく本当に立派)テニスコートで、室内が2面+4面+2面の合計8面で、そのほかに屋外が8面(?)で、中央の室内4面はレイアウトを変えて観客席つきのセンターコートになるという豪華な施設だ。
オレが大連を去るぎりぎりの2007年末に落成大会をして、その後数ヶ月使わせてもらった。
だが、これほどの施設を埋めるほどのテニス需要があるのかと、当初から心配していたが、案の定、人が集まらないようだ。だんだんと羽毛球(バドミントン)に侵食されていくのか。
がんばれ、テニスマン、テニスレディ達よ!!
下の写真は、以前の朝市の場所から撮ってくれた写真だが、大連湾の上に突き出るようなマンション群が建設されている。入居する人がいるのかって感じだなぁ。
「海中国」ですか、中国経済もバブルが近いといわれながら、一部では盛り返したとの見方もあるとか。
これからどうなっていくんでしょうかねぇ。
サンディさん、写真と記事を送っていただきありがとうございました。
=====
このような現地の情報、写真をお送りください。
宛先は、alex5006487@gmail.comまで、謝礼はありませんので、悪しからず m(._.)m

〜すればするほど〜である。
日常的に良く使うフレーズだ。
「越〜越〜」の特殊な例が、
「越来越〜」で、
「時が過ぎれば過ぎるほど〜である」すなわち
「どんどん〜である」という意味になり、これも良く使う。
夏が近づいてきて
「どんどん暑くる」なんてときは
「越来越熱」という。
例文:
・あんたの声がでかくなればなるほど、何を言ってるのか俺たちはわからない。
・お前の言い訳を聞けば聞くほど腹が立つ、何も言わない方がましだ。
・どういう訳だか、みんなが討論すればするほど問題が分からなくなる。
・若い人はどんどん賢くなる。
中国の経済はどんどん発展する。中国語で言ってね。

ちゃんと覚えてね!
2009年6月29日追記(訂正)
サンディさんのコメントで誤りに気付き、「年軽人」を訂正しました。
偉そうなことを書きながら、−nと−ngのミス、お恥ずかしい。 -_-;
今日の電車の中での女子高校生の会話。
「あいつってさぁ、彼女いると思う?」
「う〜ん、今はいないと思うよ」
「でもさ、ちょっと前はいたかな?」
「いたそう」
「いたそう」ってなんだ。
聞くともなしに耳に入っててきた会話だが、オレは一瞬理解できなかった。
よくよく考えてみれば
「居そう」の過去形なんだ。
現在形で進めばなんの問題もない。
「あいつってさぁ、彼女居ると思う?」
「う〜ん、居そう」
「居そう」の過去形を「居たそう」と言うのをはじめて聞いて、驚いた。
日本人が喋る日本語だって、これほどに乱れているんだ。外国人が喋る中国語なんか、もっともっとめちゃめちゃでも、気にすることはないよ。喋っていれば何とかなるさ。
というわけで、前回提示した覚えておきたい文型の解説編の1回目だ。==========
〜でもあり、また(又)〜でもある。またを漢字で書くと又なので、中国語の意味を保っていることを示しているのだろう。
〜だし、〜だし、、、という言い方にもなるかな。
〜
だし、その上〜でもあるとか、
〜であり、しかも〜でもあるのだなど、いろいろな表現に対応する。
例文としては次のようなもの。
東京タワーは、高くて美しい。
レオナルド・ダ・ビンチは、科学者であり、芸術家でもある。
燃費が悪い上に故障しやすいので、今はみんなこの車種の車を買わなくなった。
記録の内容は正確で誤りがなく、しかも簡潔に要を得ていなければならない。中国語で言える?

本事典読者の大黒さんから、軽軌金州線の現在の終点、九里駅の写真が届いたので紹介しよう。
まず九里駅の写真。

大黒さんは、「駅の周りは何にもなくてこれから発展するのでしょう」と書いておられましたが、本当に何にもないことを示そう。
これは、駅を背にしてとった写真のようだが、、、、、、。

大きい写真は
こちら。 ぜひ拡大写真を見ていただきたい。
ご覧のように、見事に何もない。
これから発展するというが、いつのことだろうか?
駅から見ると、一軒のガス工場があるようだ、「三木気体有限公司」と書いてるが、兵庫県姫路市にある三木ガス販売株式会社と関係があるのかな?

金州線の駅名については、
軽軌金州線の駅名の記事で報告した通り、開通直後に駅名が変更されたのだった。電車の中の路線駅名表示板には、いまだに、トステムとフェニックスの英文字と、和平路がシールで訂正されたままだということだ。

=====
お願い:
写真や大連の現地情報を送ってください。
宛先は alex5006487@gmail.com まで。
中国語に限らず、単調な単文で会話をすることよりも、いくつかの条件をつけた複文を使うことが多い。
下の中国語は、思いつくまま並べた中国語の代表的な複文の文型だ。
基本的な中国語を学んだ人なら、どこかで見たような気がするはずだが、うろ覚えの場合もあるだろう。
例えば
「只要〜都〜」は
「〜しさえすれば、すなわち〜だ」という意味だが、
「只有〜才〜」は
「〜してこそやっと〜だ」となり、結構意味合いが異なる。
こういうのをうろ覚えのままにしておくと、ろくなことにならないので、次に挙げた文型くらいは、きちんと覚えておきたいものだ。
また、
「因為〜」(〜の理由だから)の後には、その結果として
「所以〜」>(それ故に〜である)が来ることが予想されるので、ヒアリングでも有意義である。
中国フォントを記載すると環境によっては読めなくなってしまうので、画像で表すことにする。
例文は、次回以降にシリーズで紹介しよう。

リンク先は以下のとおり。(全部の回答が揃ってからリンクをつける予定)
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10
11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26
「毎週一つの文章を暗記しよう!」
というとそんなの無理だという人も多いだろうし、オレもそう思う。
そこで、月に2つに妥協しよう、この程度なら出来るだろう。
文字数にして10字から20字程度の文章を書物から探し出して(出来ればCD付きが望ましい)きちんと声調を意識して2週間かけて1000回くらい音読するんだ。
1000回って大したことないよ。
1日100回ずつ音読すれば、7日間で700回だ。このくらいやれば2年後でも頭に残っているはずだ。
2週目には、どこかで300回暗誦すればよい。
そうなってこそ、やっと身についたと言える。
100回って大そうな回数だと思うかもしれないが、次の例文を読んだとして、1分間で10回は言えるのだから、100回だとすると、正味は10分足らずのことだ。
1日に10分程度の、これさえ無理だというなら、中国語を学ぼうなどと思わない方がよい。
例文として、オレが始めのころに覚えたNHKラジオ講座の一文を紹介しよう。
動物園見物に出掛けた設定での会話だ。
要是去猴山的話、沿着人工湖走比較近。
(もし猿山に行くのなら、人造湖に沿っていくとわりあい近いよ)
わずか16文字の文章だが、会話でもよく使う3つの要素が詰まっていて、大いに役だった思い出がある。
1、仮定法「要是〜的話、〜」
もし〜だったら、〜である。
実際に会話でも用いる機会が大いに文章である。
ここでは、「要是〜的話、〜」を使っているが他にも「如果〜的話、〜」「如果〜、〜」「〜的話、〜」などいろいろな表現がある。
本事典は、中国語の辞書ではないので、これ以上書かないが、辞書や参考書で調べれば、いくらでも出てくるはずだ。
2、〜に沿って「沿着〜」
道なりに「沿着路」とか、ビルに沿って「沿着大厦」とか言う時に使える。
タクシーの運転手に道順を伝える時に、「ここから10分くらいはずっと道なりに」なんて便利に使っていた。
3、わりあいに〜、比較的〜「比較〜」
日本人は、物事をはっきり言わない傾向があるので、比較を使う機会は多い。。
お父さんは厳しいですか?
なんて聞かれた時に、優しい方だけど時々こわいこともあったなあ、というときに「彼比較温和」(わりあい優しいです)。
どちらかと言えばスキーが好きです。「比較喜歓滑雪」
のように用途は広い。
わずか一行の文章でこれだけの広がりがあるのだから、毎月2文ずつ増やしたら、1年後には24文となり、かなりの文法知識が増えるのは自明のことだ。
私は3年前に大学を卒業。
既に朝食は完了。
今、正に通勤の電車の中。
明日はハイキング。
1年後に結婚の予定。
ぶっきらぼうな体言止めが多いが、過去の出来事か、現在のことか、未来に起こることか分かるだろう。 中国語には、現在、過去、未来を示す語形の変化はないので、こんな感じで表すことになる。
日本語なら、〜した。 〜だった。 〜でした。 などで過去の出来事として表すことが出来るし、英語でも動詞の過去形の活用があるので、既に済んだことだと分かる。
これに対して中国語では、動詞の活用形がないので、過去の時点を示す単語(例えば、去年、昨日、3年前、先ほど)と組み合わせることによって、過去を示すことになる。
逆に将来のことは、来年、明日、あるいはもうすぐなど未来を示す単語を組み合わせることで未来の出来事であることを示すことが多い。
中国語では、時制ではなく、アスペクト(動作の段階)で、進行状況を示すことになっているようだ。
近い未来⇒開始⇒進行中⇒完了⇒遠い過去の経験 のような動作の段階だ。
快要开始比赛。(もうすぐ試合が始まる ) 要、快要、馬上、想、将
彼哭起来了。(彼は泣き出した) 〜起来了 開始
我正在開車呢。(私は今運転中です) 正在〜呢 〜着呢
作業做完了。(宿題は終わりました) 己経 〜了 〜完了
我看過足球比赛。(私はサッカーの試合を見たことがある) 〜過
こんな風に時間を表す副詞とアスペクト助詞の組み合わせで、動作の状態を表す。
オレが総経理だったころ、ある出来事が終わったのか、これからなのか、この確認に苦労したものだ。
例えば、出荷予定の品物を出荷したのかこれから出荷するのか、あるいは問題点解決対策を実行したのかこれから対策を講じるのか、このような確認がうまく出来ず、イライラしたものだ。
中国人は成語が好きだ、いろいろな場面で良く使う。。
成語とは、故事成語のことで、四面楚歌、温故知新、呉越同舟、一網打尽など日本の四文字熟語の元になったものが多いが、日本では知られていないものもたくさんある。
式典や結婚式などでは、成語が入らない挨拶はないと言ってもいいくらいだ。また、人に説教をたれる時には欠かせないアイテムだ。日常の会話でも成語が飛び交うことも珍しくはない。
何故だろうか。
知識のひけらかしかとも思ったのだがどうもそうではないようだ。くどくどと状況を説明するよりも、ずばりと言い切ることが出来る簡便さが、便利なのではないだろうか。昔の人達が同じ境遇で同じ感情をもって吐いた言葉に共鳴するものがあり、歴史の重みを感じるとは、言い過ぎだろうか。
いずれにしても、会話や文章の中にひょっこり出てくるのだから覚えておいたほうがよい。
ここで注意をひとつ。
例えば、温故知新を(おんこちしん)などと言っているようではだめだ。ちゃんと(wen1gu4zhi1xin1)と覚えていないと使えない。
これは人名と同じで、例えば、三国志の登場人物を張飛(ちょうひ)と覚えていると中国名を言われても全く馴染めない。中国語ですらっと出るように暗唱するしかない。
会話の中に、さりげなく成語を組み込むと、「こやつ出来るな!」と一目おかれることまちがいなし。
本事典でも、
中国故事成語カテゴリに十個程の成語を紹介しているが、今後増やして行こう。
次のページ