真幸の練習帳

真幸の小説練習帳です。

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雨月草子if(2)〜もしも修也がもっと積極的だったら〜

category : 雨月草子
 突然の出来事に、和葉は一瞬、事態を把握しそびれた。
 夏期合宿を申し付けられ、里にやってきた最初の晩。早速の稽古を終えて、宛がわれた部屋の前で、同行者である友人に別れの挨拶を告げた、その直後に。
(なんで……?)
 抱きすくめられる、意味が分からない。
「なあ、ちょっと、暑いっ」
 とりあえず身を捩りつつ詰ってみるが、相手はその腕の力を一向に緩めようとしなかった。代わりに、
「大丈夫。夏と言っても、もう夕方ですし、大分涼しい」
 内容とは関係なく、いやに甘い声音が、熱く、耳元をくすぐった。
 反射的に耳を押さえようとするが、痛いほどの戒めが、それを許さない。
 もどかしさに首を振り、心をざわつかせる声から逃れたい一心で、相手の胸に顔を埋めた。
「なあ、離せよ」
「どうして?」
 俯いた頭の、芯のある黒髪に吹き込むように、囁かれる。嫌だと、うわごとのように呟く声は、無視された。
「ねえ、どうしても、逃げたい? こうされているの、嫌?」
 どうしようもないほど甘く、深い声に、笑みが滲む。
「恥かしいの? 怖いの? それとも、ドキドキしすぎて、困るから?」
 答えを考える余裕もなく、和葉は無言で首を振った。嫌だと態度で示したつもりが、くすぐったいと笑われた。悔しくて、唇を噛む。自分が訳も分からず耳まで真っ赤になっていることが分かるから、余計に居た堪れない。
「離せ……」
 声が、掠れた。
 相手の鼓動が近過ぎて、頭に直接響くから。
 聞き慣れない甘い声が、頭の上と、耳を押し付けた胸元の、両方から伝わってくるから。
 夏の最中に、薄い服地越しの体温が、熱いから。
 抱きしめる腕が強すぎて、苦しいから。
 思考がまとまらない。酩酊したように、頭がぼんやりとして、眩暈を起こしそうだった。
「訳、わかんない。何なんだよ、離せよ」
 足が震える。支えを求めて、相手の上着にしがみ付くと、低く、笑われた。
「ねえ、唇に、キスしてもいい?」
「なっ!?」
 反射的に見上げた相手が、優しく微笑したまま、答えを伺うように小首を傾げたので、和葉は慌てて顔をそむけた。
「意味分かんねえし。絶対イヤだ!」
「そう?」
 さして残念でもなさそうに呟かれたと思ったら、耳朶に、柔らかい感触が押し当てられた。驚いて身を竦める一瞬に、戒めが解かれる。
「おやすみなさい。また、明日」
 何事もなかったかのように微笑んで、修也は軽く一礼し、自分用に与えられた部屋へと消えていった。
 足の力が、抜ける。
 力なくへたり込んで、手近な小石を、修也の消えた方角へと、投げた。
 耳を押さえる。
 自分の鼓動を、耳の奥に聞く。
 いつもより早く、強いそれに煽られたか、耳朶が信じられないほどに熱かった。
 指が、手が、震えていた。
「何なんだよ……」
 呟いた言葉は、泣き声のようだった。
「バカ……」
 目を閉じ、唇を噛み締める。
 修也の行動の意味など、分からない。分かりたくない。考えたくもなかった。
 ただの悪戯だとしたら、性質が悪いにも程がある。
 子供だと揶揄うなら、もっと他の方法にすればいいのに。
 だが、もし、そうでないなら。
 彼が恋情を、或いは単なる性的な欲望を、抱いているのだとしたら。
 最悪だ。
「いやだ……」
 小さく、首を振る。
 それだけは、どうしても、受け入れられない。
 修也は、自分が初めて手に入れた、掛け替えのない、大切な友人なのに。
「何でだよ、バカ……」
 そう思っていたのは、自分だけだったのか。
 涙が、滲みそうだった。
 男に生まれてきたかったと、痛烈に思った。
 そうすれば、兄や典とも、もう少し対等な立場に、近づけたかもしれない。
 修也にも、こんな目に遭わせられることもなく、ただ友人として、傍にいられただろう。
 自分が女であることが、たまらなく、悔しかった。
 弱く、小さく、大切な人たちからいつも守られ、庇われて、友達でいることすらできない自分が、何より悔しかった。


あとがき »

雨月草子if(1) 〜もし、吉野が情け容赦なかったら〜

category : 雨月草子
「何故、あの方でなければ駄目なんだ」
 何故、と繰り返す声音は、力なく震えていた。
 縋りつくような瞳は、いかにも彼には不似合いだと、吉野は咽喉の奥で笑う。
「何故かなんて、訊いてどうするんだい?」
 冷笑の滲んだ声音は、隠しようもなく、酷薄だった。
「答えを知ってどうにかなることじゃないよ、巽くん。君にも、君の大事な人にとってもね」
「そんなことは……っ」
 望んでいないと、条件反射で反論しかけ、口を噤む。
 或いは、それが自分の、本音なのかも知れない。
 何とかしてこの男を、連れ戻したい。
 里へ。
 自分たちの世界へ。
 自分の、許へ。
 そのための、障害を知って、それを取り除きたい。
 それが本心でないと、どうして言い切れるだろう。
「おまえがそう思うなら、それでもいい」
 搾り出す声に、屈辱が滲む。
「だが、おまえの目に映らぬからとて、道の一切が、真実この世に存在しないとも限るまい。立場や見方が違えば、自ずと目に映る風景も異なろう」
「だから、そういう話じゃないんだってば」
 失笑と共に吐き捨てられる言葉は、投げやりだった。
「知りたいなら教えてあげようか? 巽くん。僕はね、自分と対等か、それ以上の人にしか、興味がないんだよ。そういう相手が一人でもいれば、あとは下から見上げる視線ばかりの中でも、我慢が出来る。僕にはあの人がいるから大丈夫だと、自分に言い聞かせられる」
「――俺では役者不足だと?」
 考えるより先に、言葉が出ていた。
 返るのは、乾いた笑い声。
「当たり前だよ。役者不足も役者不足、てんで話にならないよ。君がいつ僕と対等だった? 僕に憧れて、僕を目標として、一番傍で一番熱心に見上げてきていたのは、何処の誰だった?」
 哂うその眼差しが、冷たい。
 屈辱に唇を噛んで、巽はきつく眉を寄せた。
 泣かないでくれよと揶揄られ、首を振る。
「俺のことは何とでも言え。だが、三瀬様はどうだ! おまえと同じく、千里様と同じく、竜であられるあの方は、俺のようなみずち)風情とは違うはずだ!」
 叩きつける声音にも、吉野はちらとも動じなかった。
「ああ、当代さまは、君よりは大分マシだね。僕に執着さえしないでくれれば、悪い人じゃない。だけど、あんなに浅ましく愛情を求められたら、相手がどんな美姫だろうと、興ざめもいいところだよ」
 浅ましい、と吐き捨てる、その声に演技の色はない。
「それでも、当代さまがもしあの人と似ても似つかない外見だったら、僕も我慢して傍で笑ってあげられたかも知れない。あの人の忘れ形見だしね、それくらいのサービスは、してあげてもいい。けれど、あの容貌じゃあね。僕にだって我慢の限度というものがあるよ。僕が唯一見上げられた相手の面影を汚されるのは、いくら何でも許せない」
 謗られ、貶められた相手に仕える人間として、巽は反射的に「無礼な」と怒鳴り、そこで言葉を失った。
「無礼?」
 吉野は、笑っていた。
「礼を尽くすべき相手に、それを怠ったって? 僕が? いつ?」
 ざわりと、空気が震えた。背中を駆け上がる悪寒に、巽は身体を強張らせた。
「無礼と言うなら、それは君の方じゃないのかい? 君は何処の誰に、何を言ってるんだい?」
 冷たい炎が、立ち昇るようだった。
「ねえ、巽くん。僕が礼を尽くすべき誰が、今この世にいるんだい? それとも君はアレかい? 僕を怒らせて、里を壊滅させたいのかい? だったらいいよ、それでも。この里を壊さずにおいているのは、それがあの人へのせめてもの供養かと思ったからだけど、僕だって、この世のことはこの世の人の意見を最優先すべきだって、ちゃんと分かっているからね」
 地面が、かすかに震え出した。
 止める間もなく激しさを増してゆく揺れに、巽は足許を掬われ、地に膝をついた。
「止めろ、吉野……っ」
 指一本動かす必要すらなく、気紛れな思いひとつで地震を操る地の竜へと、必死に顔を向ける。今や波打つような大地に静かに佇む男が、冷ややかに笑った。
「口のきき方が違うよ、巽くん」

以下略。

あとがき »

番外:がんばれ典くん(1)

category : 雨月草子
 一時的な記憶喪失になったつかさは、吉野の手当てにより、無事記憶を取り戻した。
 吉野に送られて里を出た修也ひさやは、大宮で悠樹ゆうきを下ろした後、和葉かずさの家のある日野へ向けて、車を走らせていた。
 後部座席では、和葉と典が、他愛のない話を続けている。
 それを聞いているのは、修也にとってもいい暇つぶしであった。


「そいえばさ、前に典とカラオケ行ったんだけど」
 和葉が修也に向けて、ふいにそんな話を振ってきた。
「典の歌って、全然面白くねえの」
「はあ」
 他に返しようもなく、修也は曖昧に相槌を打つ。
「面白くない、ですか?」
「別にいいだろう」
 典は、素っ気無く言い切る。
「それで誰に迷惑を掛けるわけでもない」
 「狐」の妖衆である和葉は、その特性として、耳がいい。
 音程が外れている歌などを聴かされるのは苦痛だという話を、以前修也は聞いたことがあった。
 その彼女を前に「迷惑を掛けていない」と断言するということは、少なくとも音痴ではないのだろう。
「でも、ノリ悪いっつーか、全然楽しそうじゃないじゃん」
 和葉の抗議で、修也は何となく事態を飲み込んだ。
 確かに、それは和葉には面白くないだろう。
 だが、想像してみるに、ノリノリでカラオケに興じる典というのも、あまり心臓に良くないように思える。少なくとも、修也は、出来れば一生そんなものは見ないで生きていきたい。
「ほら、和葉。典さんも、何かとお忙しくて、お疲れでしょうから……」
 修也が取り成すと、和葉は不機嫌そうに唇を尖らせた。
「そんなだと、典、モテないぞ」
 車内の空気が、凍りついた。少なくとも、修也にはそう感じられた。
 よりによって、典に対して、しかも和葉が、それを言うかと、修也ですら思った。
 バックミラー越しに見える典も、実に複雑そうな表情を浮かべていた。
「……そうか?」
 何とも言いがたい声で、典が呟く。
「カラオケが上手いというだけの理由でモテているという男を、俺は知らないが……」
「そなの?」
 一人平常心の和葉が、首を傾げた。
「じゃあ、何が上手いとモテるんだ?」
「………」
 典が、口許を手で覆い、視線を車外へと逸らした。
 修也は、祈るような気持ちで、ハンドルにしがみ付いた。
「……カラオケ、だな」
 ぼそりと、答える。
「え? でも、さっきは……」
「前言を撤回する。カラオケだ。な、修也くん」
「ええ」
 考えるより早く、修也も即答していた。
「カラオケです」
「……ふうん?」
 和葉の、無垢な瞳が、痛い。
 日野までは概算であと二十キロ。一生のうちで一番長い二十キロであるように、修也には思われた。


あとがき »

022 名の由来 @雨月草子

category : 雨月草子
和葉かずさって、綺麗な名前ですよね」
 女性の名前について、柔らかな微笑と共に不意にそんなことを言い出すのが修也ひさやという人物であるとすれば、そこで照れたり警戒したりせずに首を傾げるのが和葉の和葉らしいところであるだろう。

「そうか? 読みにくくない?」
「確かに、普通に読んだらカズハかなという気はしますけれど」
「だよなあ」
 和葉は屈託なく笑い、「おまえもシュウヤだよな」と続けた。

「シュウヤでしょうね」
 修也も笑う。

「うちは、母の祖父が久しい也でヒサヤさんといったですが、その人から名前を貰って、あと父親が治なので『オサム』と読みそうな字を1字使おうという話でこの字になったと聞きましたけど」

「うちは、兄ちゃんの名前と字のイメージ合わせたかったっつってたかな。んで、名前考えてるときに、兄ちゃんがカズサがいいって言い出したんで、お父さんが頑張って字を探したんだって」
 サの音のいいのがなくて苦労したと聞いたが、それにしても凝りすぎだろうと、和葉自身、思わなくもない。
 或いは兄の希望など無視してしまえば良かったのかもしれないが、妹が生まれたことを喜びその名前を一生懸命考えただろう幼い息子の希望を無碍にすることは、父には出来なかったらしい。

「お兄さんは、確か悠樹さんでしたよね?」
「そ。修也の名字とおそろいだ」
 修也のところにお嫁に行ったら結城悠樹だなと和葉は笑い、修也は、お嫁に来て欲しいのはお兄さんではないのだがと思ったが、それを口に出す度胸はなかったので、とりあえず笑っておいた。

あとがき »

024 とりあえず @ サウルの箱庭

category : サウルの箱庭
とりあえず @サウルの箱庭


「私が次に来るときまで、精々生き延びているがいいですよっ!」
 大げさな身振りと共にばさあっと翼を広げ、最強最悪にして強くてかっこよくて(中略)美しくも偉大なる北の大魔王ことヴィシアスは、東のかたへと飛び去った。
 後に残されたのは、惨憺たる有様の部屋と、そこに呆然とたたずむ魔法使いだった。

 魔法使いは、人間の両親の間に生まれた者の中では、最大の魔法士であり、魔術師であり、魔法使いだ。
 このあたりの単語の細かい説明は省くが、つまり理論面でも実践面でも、彼に匹敵する人間は、彼が生まれてから今までこの世に存在せず、また今後もしばらくは存在しないだろうと言われていた。
 彼が「第一人者エナス」という二つ名で呼ばれる所以ゆえんである。

 人として親から与えられた名は、ジオトリス。
 母親から受け継いだ姓はテセリス。
 その母親は既にこの世になく、親類縁者との交流も絶えて久しい。
 現在この世に自分の血縁者が存在するかどうかを彼は知らないし、敢えて知ろうとも思っていない。
 何故なら、たとえ祖先を同じくする人がいたとしても、それは本名よりもエナスの呼称の方が通りが良くなってしまった彼には、最早大した問題ではないからだ。

 どんな血縁者も、その他のどんな人間も、いつか彼を残して逝ってしまうことに、変わりはない。
 既に数百年を生き、今後もしばらくは死ぬ予定のないジオトリスにとって、極論してしまえば他人とは、結局のところ、そういう存在だった。



 だからだろうか。
 破壊しつくされた部屋に、めんどくさいなと思いながらも修復魔法を掛けている自分を、彼はそんな風に推察する。
 つまり、自分があの偉大過ぎて人間如きには持て余さずにいられない大悪魔と、馴れ合っている理由についてである。

 悪魔の寿命は、人間などとは比較にならないほど、長い。
 実際、いちいち数えてはいないけれど、あの悪魔とももう大分長い付き合いになっているはずだ。

(ああいうのでも、知己っていうのかね……)

 口に出した途端に大変なことになりそうな不遜極まりない言葉を心の中で呟いて、彼はひっそりと笑う。
 自分で選んだ道を今更嘆くつもりはないが、それでも何というか、我ながら難儀な道を選んだものだ。

 ようやく片付いた部屋を満足げに見回していると、丁度良いタイミングで、ハーブティの柔らかな香りが漂ってきた。

「ああ、そうだね」

 君もいたねと微笑みかける相手は、ジオトリスの初期作品にして唯一の家族である「全自動マリオネット」のコピルだ。
 差し出されたお茶を受け取る。

「とりあえずは、お茶だよね、やっぱり」

 お茶は温かく、自分は別に孤独ではないということの幸せが、全身に行き渡るようだった。

あとがき »

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